今や上品で知的な女優として知られる風吹ジュンさん。
しかし、その若い頃には想像を絶するほど壮絶で、世間にほとんど知られていない「意外な事実」が隠されていました。
極貧生活、ホステス時代、経歴詐称、さらには芸能界を揺るがした誘拐監禁事件まで…。
そこで今回この記事では
- 華やかな芸能界の裏側で、風吹さんがどのように人生を切り拓いてきたのか
を徹底的にまとめましたので、ぜひ最後まで読んでいってください!
それでは、早速始めましょう!
風吹ジュン・若い頃の衝撃の事実とは?波乱万丈な人生の真相に迫る!

1. 極貧の幼少期と家族の離散
風吹ジュンさんは1952年、富山県八尾町に生まれました。
父親は京都大学卒のエリート高校教師でしたが、愛人を作ったことで家庭は崩壊。
小学5年で両親が離婚し、中学2年の頃には母親からの育児放棄により兄と共に叔父の家へ預けられるという過酷な現実を経験しました。
2. 高校進学を諦めた労働生活
中学卒業後、風吹さんは高校進学を断念。
縫製工場での労働やスナックでの住み込み生活を送りながら自活を続けます。
まだ十代半ばの少女にとって、当時の労働は想像を絶するほど厳しいものでした。
3. 銀座「徳大寺」でのホステス時代
18歳で上京した風吹さんは、銀座の高級クラブ「徳大寺」でホステスとして働きます。
源氏名は「レオ」。
ここで芸能関係者にスカウトされ、芸能界入りへの扉が開かれました。
4. 世界的写真家デビッド・ハミルトンとの出会い
1973年、初代ユニチカマスコットガールに選ばれた風吹さんは、翌年デビッド・ハミルトンの撮影でユニチカカレンダーに登場。
ハミルトンが初めて撮影した日本人女性として注目を浴び、一躍アイドル的存在となります。
5. 芸能界を揺るがした経歴詐称
実はデビュー時、風吹さんは21歳でしたが、事務所の戦略で「18歳の清純派」として売り出されていました。
年齢や学歴までも詐称されたことで、後に真相が発覚し世間を驚かせました。
6. 前代未聞の「誘拐・監禁事件」
1974年9月、事務所移籍を巡るトラブルで風吹さんはフジテレビ収録帰りに車へ押し込まれ、ホテルへ監禁されるという衝撃的事件の被害者となります。
- フジテレビ収録後に拉致
- 品川や高輪のホテルで監禁
- 同時期に移籍先の社長も暴行を受ける
警視庁はパトカー20台・警官80人を動員し救出。この事件で経歴詐称も露見し、大きなイメージダウンを余儀なくされました。
7. 樹木希林による命がけの庇護
復帰後に出演したドラマ『寺内貫太郎一家2』の撮影中、暴力団風の人物が乱入し「番組を降りろ」と脅迫。
危機一髪の場面で、共演の樹木希林さんが毅然と立ち向かい、風吹さんを守ったという感動的なエピソードも残っています。
8. 歌の下手さで有名だった意外な一面
歌手としてデビューした風吹さんですが、自身で「歌が一番ヘタの横綱」と語るほど苦手意識が強く、半年で歌手活動を終了。
むしろこの挫折が、その後の女優業に集中する転機となりました。
9. 「若い頃はモテなかった」という驚きの告白
美しい女優として知られる現在の姿からは信じがたいですが、風吹さん本人は「若い頃はモテたことがなく、誰からも告白されたことがなかった」と語っています。
まとめ
風吹ジュンさんの若い頃は、波乱万丈そのものでした。
家族の崩壊、極貧生活、ホステス時代、経歴詐称、さらには誘拐監禁事件まで――
華やかな芸能界の裏で壮絶な人生を経験してきました。
こうした数々の逆境を乗り越えたからこそ、現在の風吹ジュンさんは「悪女から下町のおかみさんまで」を演じ分けられる、深みある女優へと成長したのです。
まさに彼女の人生そのものが、唯一無二の演技力の源泉といえるでしょう。
最後までご覧頂きましてありがとうございました。
コメント